刀鍛冶の男たちは、さまざまな記憶をつなぎ、新たな記憶を揺り起こす。そして、それらの「記憶」が超自然的な「鍛刀の力」の源となるのだ。無一郎の封じられていた「記憶」も、まるで運命のように、この「刀鍛冶の里」の戦いの中で、取り戻されていった。そして、大切なことを「思い出した」無一郎は、その後、決して刀を離すことはなかった。最期の時にも、この日輪刀を強く握りしめたままだった。
■神がかった「刀」を生み出す力の根源
日輪刀を生み出す刀鍛冶には、超自然的な「記憶」の力だけでなく、全身全霊で刀をうち、それを守る精神力がある。日輪刀の供給を断ち切るため、上弦の鬼に「刀鍛冶の里」が急襲された際には、多くの刀師が命を落とした。
小鉄少年は、命がけで時透無一郎の救出に力を注ぎ、ひどい傷を追いながら「刀を…守って…」と無一郎に頼む。小鉄以外の者たちも、それぞれに命をかけて刀を守り抜こうとした。鬼の滅殺のために、心身をささげているのは、刀鍛冶たちも同じだ。鋼鐵塚蛍は、上弦の鬼から片目をつぶされても、悲鳴ひとつあげずに、日輪刀を研いだ。鋼鐵塚が守り抜いた刀には「滅」一文字だけが刻まれ、今後の戦いの中で、ある「重要な剣士」の記憶を掘り起こしていくアイテムになる。
この刀剣に刻まれた「滅」の文字は重い。「惡鬼滅殺」の始まりの刻印。これまでに鍛刀のために命をささげた者たちの思い、連綿と続いてきた刀鍛冶継承の歴史、すべてがここに示されている。だからこそ、鬼殺隊の剣士たちは、日輪刀に自分の身をあずけて戦う。鬼を滅する力が、ここに確かに受け継がれてきたのだから。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。