姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 4月9日に予定されている日米首脳会談で、両政府は日米同盟のさらなる強化などを打ち出した共同文書の発表を検討しているようです。しかし、すべての面で日本が米国追随というスタンスを取れるのかというと疑問が残ります。

 バイデン政権は、同盟国とのチームプレーで中国への包囲網を作りつつありますが、前の安倍政権の外交戦略を後追いしている感がしてなりません。なぜなら安倍政権の地球俯瞰外交の要であった価値観外交に似通っているからです。自由や人権、民主主義といった西側の価値観を共有している国と専制主義や権威主義、独裁的な統治体制の国との対立を鮮明に押し出すのが地球俯瞰外交の肝でした。しかし、それは行き詰まり、プーチン大統領や習近平主席といった専制的な国家のトップとの首脳外交へと舵を切り、やってる感を演出しようとしました。バイデン大統領のスタンスは安倍政権が手放した価値観外交を一周遅れで地球的規模に拡大しているように見えます。

 価値観外交の限界は、国家のアイデンティティーやレジュームの総体が対立点として浮上することで相対的な妥協や交渉の余地が狭まり、白か黒かの二元論的な対立に陥ることです。そうなれば対立はエスカレートせざるを得ず、(1)貿易通商、通貨、為替も含めた経済の領域(2)主権や安全に関わる分野(3)国家の成り立ちに関わる価値の問題がごちゃ混ぜになって体制間競争や対立の様相を呈することにならざるを得ません。

 価値観外交の戦略的な前提には冷戦崩壊の成功体験があると思います。それ故に、中国を経済力やサプライチェーン、先端的な技術分野で締め上げられれば、国力を削ぎ、国内の変化を促すことができると踏んでいるのでしょう。でもアジアの社会主義国家は、植民地や半植民地に対する民族主義にそのルーツがあり、封じ込めによって音をあげるとは思えません。とすれば、価値観外交の戦略で中国包囲網を強めても「持久戦」になるのは必至で、日本をはじめ同盟諸国は経済的な損失を被るでしょう。今回の菅首相の訪米は日本の今後の立ち位置や経済的な展望も含めて重い宿題を背負い込むことになるはずです。

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2021年4月12日号