そんな中、長塚さんがこのコロナ禍の中で痛感したことが一つあった。「お客さんと対面しないと演劇は成立しない」ことだ。

「演劇って、舞台上にあるのは全部ニセモノなんですよ。セットも俳優も、何かを模しているけれど、本物ではない。そのニセモノを本物に変えていけるのはお客様だけ。舞台上に、海の向こうの景色を作ることができるのはお客様。つまり、すべては観る側の想像力にかかっているんです。演じる側もお客様が一人でもいてくれれば、その人のために演じることができる。お客様と演者の“共犯関係”で成り立つことを再認識できたのは、とても大きなことでした」

(菊地陽子 構成/長沢明)

長塚圭史(ながつか・けいし)/東京都出身。1996年に「阿佐ケ谷スパイダース」を結成。2017年から劇団化。05年に芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。07年読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。近年の主な舞台に「セールスマンの死」「イヌビト~犬人~」「常陸坊海尊」「イーハトーボの劇列車」など。21年4月からKAAT神奈川芸術劇場芸術監督に就任。

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週刊朝日  2021年4月16日号より抜粋