<つらい…思いを…たくさん…した…兄ちゃん…は…幸せに…なって…欲しい…死なないで…欲しい…俺の…兄ちゃん…は…この世で…一番…優しい…人…だから…>(21巻・第179話「兄を想い 弟を想い」)
玄弥は兄と再会したら、兄の笑った顔が見たかった。自分に向けられていた、かつての優しい笑顔が見たかった。しかし、玄弥の目に最期にうつったのは、泣きじゃくる兄の顔。いもしない神に祈り、優しく自分を抱きしめる実弥の姿だった。
「あり…が…とう…兄…ちゃん…」
そう言う玄弥の体は、ほとんどが消えているが、少しだけほほ笑んでいるように見える。何もうつさなくなった玄弥の目には、再び兄の笑顔が見えていたのか。不死川玄弥は、自分の「弱さ」をすべて克服した。「才能がない」はずの弟は、強く、優しい、世界一の兄の「生」を守り切ったのだった。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。