人間を食い物としている腐臭に満ちた「鬼の肉」を口にしなくてはならないことは、想像を絶する苦痛をともなう。何が玄弥の心を支えたのだろうか。玄弥は、まだ母親が生きていた頃に、兄からもらった言葉がどうしても忘れられないでいた。
<これからは俺とお前で お袋と弟たちを守るんだ いいな?>(不死川実弥/13巻・第115話「柱に」)
兄が自分を頼ってくれたことが、玄弥は単純にうれしかった。玄弥が大人ぶった口調で「これからも、だよな」と答えると、実弥はにっこりと笑いかけた。玄弥は、兄のこの笑顔を何度も何度も思い出す。
強い兄の手助けがしたい、自分の罵声を取り消したい。玄弥の原動力は、すべて実弥にむけられる。兄を追う弟のその姿は、小さい子どものように不安げで幼い。
■言葉足らずの兄・実弥
玄弥が鬼殺隊の中で頭角をあらわしてきても、実弥は「しつけぇんだよ 俺には弟なんていねェ」と冷たく突き放し続ける。さらに、玄弥の「鬼喰い」を知った実弥の怒りがすさまじく、周囲も手をつけられない状態になる。しかし、実弥は心の中では、弟が「普通の人」として生活を送ることを望み、自分は「鬼狩り」として、弟のためにその身をささげる覚悟でいた。
<お袋にしてやれなかった分も 弟や妹にしてやれなかった分も お前が お前の女房や子供を幸せにすりゃあ良かっただろうが そこには絶対に俺が 鬼なんか来させねぇから……>(19巻・第166話「本心」)
実弥がやっと玄弥に本心を伝えた時、玄弥を鬼・黒死牟から守るように割って入っているため、実弥は玄弥に背を向けている。玄弥には、まだ優しい兄の顔は見えない。
■玄弥が「最期」に見た兄の顔は
互いの気持ちを確認し合った不死川兄弟であったが、対峙している「上弦の壱」黒死牟の戦闘力はすさまじく、玄弥は致命傷を負ってしまう。玄弥の傷の深さを見た実弥は、「大丈夫だ 何とかしてやる 兄ちゃんがどうにかしてやる」と叫ぶが、玄弥はもう手のほどこしようもない状態だった。兄と弟は、彼らがかつて別れた「子ども時代」に心を戻し、当時のままに、実弥のことを「兄ちゃん」と呼ぶ。