誇り高い巌勝を鬼にするため、刀を構える巌勝に、無惨は攻撃体勢すら取らず、悠然と座ったままだった。鬼化によって、黒死牟は「縁壱とそっくりの顔」だけ変化させられているが、肉体は巌勝の時のままだ。その強さと美しさは、あえて「人間らしく」保たれた。
■鬼舞辻無惨の「こだわり」
無惨が「愛でた」鬼たちには、それぞれに無惨との共通点があった。人を惹きつける美貌の堕姫。病弱な子どもの累。人間の苦しみをおもしろおかしく見つめる魘夢。猗窩座は、強さを希求し続ける姿勢、卑屈にならない性格が好まれた。そして、無惨が黒死牟を重用したのは、強さ、誇り高さ。そして宿敵・縁壱によく似た黒死牟が自分に仕えることを喜んだのであろう。
無惨にまつわる「鬼の手下」のエピソードには、無惨の美意識や、彼のゆがんだ嗜好が反映されていた。
「悪」は複雑で、ただ恐ろしいだけでは強大な力にはなり得ない。人を誘惑し、つき従わせるだけの魅力を備えていなくては、「悪」は繁栄しない。無惨が恐ろしいのは、彼がどの鬼よりも「悪徳の美」を徹底して体現していたからであろう。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。