人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、テレビCFについて。
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理不尽なことが隣り合っている。テレビのニュースやドキュメンタリーで、コロナ関連の深刻な場面が映る。特に、ひっ迫する医療現場の現実や増え続ける感染者のグラフを、胸ふさがる思いで見ていると、場面が変わってCFがたて続けに流れる。
新車に乗って大声で歌いながら旅をする若者たち。お互いに肩触れ合って、顔見つめ合って、もちろんそこにマスクはない。
そして、飲み物のCF。新しいビールやら、何やら乾杯が終わって、「うま!」の言葉と顔つきが、競って放映される。
夏に向かって、誰しも解放されて仲間で盛り上がりたい。その願望を表したCFと思えばいいのかもしれないが、直前まで深刻な現実を突きつけられていた身にとっては、どうにもついていけない。
“理不尽”という言葉が浮かぶ。
それもすでに一年以上、不要不急の外出を控え、マスク会食、それも八時までなどという中にあって、なぜこうしたCFが流れるのか。
何も現実を模した淋しく暗いCFである必要はないが、底抜けに明るく大勢で盛り上がる映像を見せられると違和感がある。
若者ならこうしたCFを見て、「大丈夫、やっちゃえ!」と感じる人がいても不思議はない。
以前通り全く変わらないCFの風景を見て、何か感じることはないのか。時代べったりである必要はないが、今の時代に寄り添った神経の行き届いたCFを見たいものである。
CF上では密もマスクなしも、大声で会食も許されるのだろうか。
そうしたものが売れるとは、私には思えないのだが。
同じことを新聞紙面上でもたまに見かける。
ゴールデンウィーク、みんなでどこへ行こうかと相談する家族。親族が泊まりがけで遊びにくるから、雑魚寝をしたり、バーベキューをしたり、たくさんの人で楽しむ様子が何気なく描いてある。