最初の仕事で柳さんの勘の良い所作を見てしまったが故に、気付きが遅れたのかもしれない。このあたりが「見えない障害」と言われるゆえんである。
ただ、仕事をする中で、その「本当の問題」が少しずつ露見していった。
柳さんがある仕事で書いた文章の内容について、修正を依頼したときのこと。理由に納得できない柳さんとのやりとりが、行き詰まったことがあった。柳さんが「強くこだわり続けた」ためだ。
また、1対1のミーティングの際、一定の時間が経つと、柳さんは会話がうまくできなくなることがあった。
「具体的には、同じ話を繰り返したり、いいアイデアが出なくなるんです。『失速してしまう』という印象でした」(大石さん)
理解のきっかけは、2人で参加した高次脳機能障害者の相談会だ。大石さんは、柳さん以外の同じ障害当事者の姿を見ることによって、柳さんができないことの数々が、脳の障害に起因するものだと初めて認識できたという。
ひとつのことに強い「こだわり」が出てしまい、いつまでもそこから離れられないのは、高次脳機能障害の「固執性」という特性である。
「ミーティングでの会話についても、脳の問題があるから、とても疲れやすいのだと気づきました。この時、障害を理解して配慮をしながら仕事に当たる必要があるという、その階段を見つけた気がしました」(大石さん)
鹿児島ロータリークラブの講演依頼がきっかけで、柳さんの心の奥底にも触れた。
テーマは「未来の社会に必要なもの」。講演の原稿を作成するため、柳さんに「社会に対して何を思うか」「どんなサポートを望んでいるのか」など、それまで話し合ったことがなかったテーマを、丁寧に、何度も何度も聞いた。
「柳さんが高次脳機能障害者としてどんな経験をしてきたか、今どんな困難を感じているか。そして、何をしてもらえるとうれしいのかを知ることができたんです。障害を抱えた後、友人が離れていったという辛い経験を聞いた時には、私も寂しい気持ちになりましたね。これは、丁寧に聞くという作業をして初めてわかったこと。もっと当事者の言葉に耳を傾けなければいけないという思いが湧きました」