そんな中、先輩は新宿東口のジャズクラブ「ピットイン」にいた。
「連日の決戦を煽(あお)るような凄まじい演奏だった。山下さんは鍵盤を、こうして、右ひじで叩きまくって、森山(威男)のドラムと中村誠一のサックスの破壊力と言ったら!」。途中ピットインを出て、ガールフレンドを家まで送り、「もしかしたらと戻ってみると、山下トリオの演奏はまだ続いていた。たまげた!」
僕は先輩の話に、60年代の熱い空気を初めてリアルに感じた。
そして2021年4月、晴海の第一生命ホールで山下さんはソロでピアノに向かい、最新作を演奏した。
竹林に多くの雀が鳴いている『竹雀』や、「ピロ」と「リー」という名の猫がじゃれ合う様子を描いた『ピロリー』……。澄んだ音色がホールの天井に立ち上っていく。アルバムタイトルは「クワイエット・メモリーズ」。山下さんのピアノは、かつて先輩が語り尽くした激しく熱い騒乱の記憶をリリカルに表現していた。
終演後、春樹さんは山下さんのサインの入ったレコードを大事そうに抱えながら、学生運動華やかなりし頃の話をしてくれた。1968年、今も語り継がれる10.21国際反戦デーの夜は新宿にいたという。レコードショップで働いていたのだ。
ライブ演奏は音楽家と小説家の足跡を静かに呼び起こし、聴衆をあの頃の記憶の街に連れてゆく。それが見知らぬ光景だとしても。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年5月7-14日号