86年オフに「1対4の世紀の大トレード」で中日に移籍するまで、通算対戦成績は66打数19安打8本塁打。その間、落合は82年に続き、85、86年と合計3度の3冠王を獲得。85年は5打数2安打1本塁打、86年は5打数2安打2本塁打と、打数は少ないながらも、松沼が打たれた印象は強い。
「ブーマーはミートがうまかった。外国人はリーチ(腕の長さ)があるので、内角は苦手にしている場合が多い。シュート系が武器だったので、外国人に対しては強かった。ブーマーにもシュート系を使って内角へガンガン行ったけど、それを見逃され外側を打たれた。ベースから離れて立ち、内角を空けて捌きやすくしていた。内角をハーフスイングのような形で本塁打を打っていたこともある。それに思い切って踏み込むから、外角もしっかり届く」
ブーマー・ウェルズ(本名グレゴリー・デウェイン・ウェルズ)は、身長2メートル体重100キロの巨体を誇り、NFL(アメフト)のチームにドラフト指名されたこともある。メジャーでの実績は目立ったものはないが、NPBでは通算10年で1413安打、277本塁打、901打点を記録。阪急、オリックス、ダイエーに在籍し、「ブームを呼ぶ男」という命名通り、強烈な印象を残した。通算打率.317は、4000打数以上の右打者では最高成績でもある。
「印象に残っているのは来日1年目のオープン戦、高知で対戦した時に3本塁打されたこと。しかも場外弾など、ものすごい当たりだった。そのうちの2本を工藤公康(現ソフトバンク監督)が打たれた。工藤は伸び盛りでヤンチャだったけど、さすがにこの時は少し静かになった(笑)。チーム全体が警戒したのをよく覚えている。3冠王の獲得など、その後も活躍したけど、印象に残っているは高知での3発だね」
83年3月6日、高知市営球場で行われたオープン戦での3打席連続本塁打。前日の1本を加え2試合4本の固め打ちで、王者・西武に強烈なインパクトを与えた。そして来日2年目の84年には、打率.355、37本塁打、130打点で外国人選手初の3冠王を獲得。阪急もリーグ優勝を成し遂げ、ブーマーはリーグMVPに選出された。この年の松沼とブーマーの対戦は、20打数7安打2本塁打。通算対戦成績も45打数12安打4本塁打と、相性は決して良くなかった。