多田先生がすごいのは、そこから自分の麻痺について新たな発見をされていくところです。
「新しいものよ、早く目覚めよ。今は弱々しく鈍重だが、無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように感じたのです。私には、彼が縛られたままもがいている巨人のように思われました。彼は声も出ないまま、自分の中でうごめいているように思われ、そのよわよわしい動きが、かえっていとしいものと映りました」
多田先生の右足の指はその後、動きませんでしたが、こう語ります。
「体は回復しないが、生命は回復している。その生命は新しい人のものです。ひょっとするとあの巨人が私の中に生き返ったかもしれません」「どうもそれは、長年失っていた生命感、生きている実感です」
脳梗塞の前は元気だったが生命そのものは衰退していた。重度の障害になって、それに気づいたというのです。そしてその障害のなかで新たに生まれてくる新しい人に期待をかけているというのです。見事です。とてもまねできません。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2021年5月7-14日合併号