さらに、悲鳴嶼は激戦の中で、「相手の身体が透けて見える特別な視覚」を持つようになる。この「透き通る世界」を体感できる者は、相手の筋肉、呼吸、血管の動きを探知することが可能となり、有効な攻撃を行うことができる。この視覚のルーツは、鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)を唯一追い詰めた剣士・継国縁壱(つぎくに・よりいち)にある。縁壱亡き後は、この視覚を持つ者はほとんどおらず、悲鳴嶼がいかに優れた才能の持ち主であるのかがわかる。

 悲鳴嶼が自らに高い戦闘力があると自覚したのは、彼が経験した悲惨な過去と大きく関係している。

■生き方を変えた「鬼の事件」

 悲鳴嶼は両親と兄弟を病気・飢えで亡くし、寺で育った。その後、大人になった悲鳴嶼は、その寺で孤児たちを養育するようになる。

<皆 血の繋がりこそ無かったが仲睦まじく お互いに助け合い 家族のように暮らしていた>(悲鳴嶼行冥/16巻・第135話「悲鳴嶼行冥」)

 そんなある日、彼の寺を鬼が襲う。しかも、この事件は、育てていた子どもの1人が、鬼を寺に引き入れたことに起因する。実は、この少年こそが、のちに我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)の兄弟子になる獪岳(かいがく)だった。獪岳と他の子どもたちとの間で、いさかいがあり、それが引き金となって、鬼襲撃の悲劇は起きた。

 しかし、この悲劇をきっかけに、悲鳴嶼は自分の戦闘力を知る。当時の痩せ細った体格でも、鬼の頭部を素手で殴りつぶし続けるパワーがあった。ただ、悲鳴嶼の奮闘もむなしく、子どもたちのほとんどが鬼に喰われて死に、生き残った女児とは誤解の末に別れ、獪岳とも音信不通になってしまった。ここから、悲鳴嶼の運命が大きく変わる。

■悲鳴嶼が欲した「言葉」

 獪岳に対する、悲鳴嶼の悲憤は大きかった。それだけでなく、鬼襲撃時に守ろうとした子どもたちが、自分のそばを離れてしまったことを「目が不自由な自分を信頼してくれなかったからだ」と思い込む。

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泣きながら念仏を唱える理由