<記憶を失っても体が覚えている 死ぬまで消えない怒りだ だから僕は血反吐を吐く程 自分を鍛えて叩き上げたんだ>(時透無一郎/14巻・第121話「異常事態」)  

 無一郎の怒りは、罪もないものが理不尽に命を奪われることへの怒り。他者から「つまらない命」とそしられ、踏みにじられることを、無一郎は決して許さない。

■無一郎が成し遂げたこと

 無一郎の覚悟は、風柱・不死川実弥(しなずがわ・さねみ)の命を救い、その弟・玄弥に攻撃のタイミングを与え、悲鳴嶼行冥に決定打をうたせるためのチャンスを生み出した。無一郎の無は“無限”の“無”。本来なら人間には勝ち目がない「鬼」との戦いに、活路を開き、仲間たちに「無限の未来」を示した。

<僕が何の為に生まれたかなんて そんなの自分でちゃんとわかってるよ 僕は幸せになる為に生まれてきたんだ>(時透無一郎/21巻・第179話「兄を想い 弟を想い」)  

 無一郎にとって「幸せ」とは、踏みにじられる命を守ることだった。無一郎は他人に無関心などではなかった。命を奪われる悲しみを誰よりも知っていた。時透無一郎は務めを果たした。兄に誇れる生き方をした。

 だが、無一郎の壮絶な戦いを見つめるわれわれの目には涙が浮かぶ。他人を救うために駆け抜けた、彼の短い生が、もっと幸多いものであってほしかったと、やはり思わずにはいられない。しかし、たくさんの人たちの思いを超えて、この死闘を、14歳の幼い剣士・時透無一郎は戦いきったのだった。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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