さらにいえば、彼らは電車のシートに靴で乗ってはいけないことも、プラットフォームでは黄色い線の内側に下がって電車を待たなければいけないことも、エスカレーターは片側に寄って乗らなければいけないことも、エレベーターは降りる人が先だということも知りませんでした。アラバマでは電車を利用することは前述の通りゼロ。高い建物がなく道行く人も少ないのでエスカレーター・エレベーターをマナーに従って利用する回数も皆無に等しく、上記のルール・マナーを身につける機会も必要もなかったのです。
いまこれをお読みの、日本に生まれ日本で子育てをされている皆さんは、「なあに、1歳はともかく4歳にもなって、こんなルールも守れないの?」と驚き呆れていらっしゃるのではないでしょうか。本当に、日本の子どもたちは当たり前のように守っているルールばかりだと思います。社会で他者と気持ちよく暮らすためにも、自分のいのちを守るためにも、道路はまっすぐ歩きなさいとか白線の内側を通りましょうというのは最低限のルールです。しかし、それらは決して先天的に身につくルールではありません。お子さんが生まれた時から保護者のかた、保育園・幼稚園の保育者さんたちが口を酸っぱくして教え込んできたからこそ身についているのだと、日本生活に途中参加した身としてつくづく感じます。
同時に、常に「すみません」と周りに頭を下げ、「まっすぐ歩きなさい・静かにしなさい」と声をとがらせながら子育てしなきゃいけないって、果たしてどうなんだろうなと疑問にも感じます(都市部に限った話かもしれませんが)。もちろん他者と気持ちよく暮らすため、子どものいのちを守るためにルールを教え込ませることは必要ですが、そこまでルールに厳しくあらなければいけない社会って、子どもの自然な性質に合っていないんじゃないかなとも思うのです。子どもが子どもらしく生きるには、もう少し人が少ないか、土地が広いほうがいいんじゃないかと。
だからといってすぐに人口密度を減少させたり土地を拡大させたりすることは不可能なので、われわれはこの社会でなんとか生きていくしかありません。しかし、せめて「子どもが道をまっすぐ歩けるのは普通のことではない」と認識し、「子どもと親ががんばった証だ」と親子共に褒めたたえながら暮らしていってもいいんじゃないかとは思います。よちよち歩きの小さい子が親の手を離さずまっすぐ歩いている姿を見ると、感動すら覚えます。日本の子のマナーって、すごいです。
◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカで6年暮らし、最近、日本に帰国。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi
※AERAオンライン限定記事