■仕事と知りつつ話しかける母親
それまでは自由気ままに過ごし、好きなタイミングで台所仕事や掃除をしていたのに、生活音に気を使うようになった。確かに、自宅の居間が編集長の仕事場に様変わりすれば、ピリピリ感も漂っていることだろう。
わかる気がする。
「流し台で茶わんを洗う音やテレビの音、新聞をめくる音など、日常生活のほとんどに気を回しているかもしれません。娘がリモートで会議をしていることもありますし、直接指摘されたことはないですが、うるさいんだろうなと思うと遠慮がちに過ごさないといけない」
必然、自室にこもる時間が長くなり、行動範囲も狭くなったとこぼす。
「あれこれと面倒くさいことを言ってほしくないという感じがあって、家庭での会話も事務的であまり温かみのない言葉のやり取りになっているような気がします」
仕事の邪魔をしたくないと思う一方で、ついわが子に口を出してしまって煙たがられる例もある。会社員の30代息子と都内で同居する70代女性はこう話す。
「日中に話し相手がいることがうれしくて、『仕事は順調なの?』とか、ニュースの感想だとか夕食の相談だとか、何かと話しかけてしまうんですが、そのたびにうっとうしそうな顔をされるんです。仕事中とわかってはいるんですが、さびしいですね」
息子が家で仕事をする前は、帰りはほとんど深夜で、女性はすでに寝ていた。朝もゆっくり話す時間はなかっただけに、女性にはありがたい変化だったが、親子の思いが往々にして一致しないのが家族の難しさでもある。
高齢者が子どもらに抱く感情について、前出の石原さんは「老後を子どもたちに囲まれて幸せに過ごすという想定はある意味で依存です」と話し、こう解説する。
「特に70、80代の女性はそれまで『夫のため』『家族のため』に生きてきたという人が多く、『これからやりたいことは何?』と聞かれても答えられない。だから、同居していると『子どものためにこうしなければ』と強く思いがちです」
人生の支えになってきたこうした考え自体を否定することはないが、これからは“自分のために”好きに生きることが、居場所を確保することにつながるという。
「『“家族のために”協力している』『やってあげている』ではなく、自ら協力したいという意識が育っていれば、『これやっていいかな』『こう思うんだけど、どうだろう』と相手に同意を得る関係が育ちます。そうなればトラブルは減り、疎外感を感じることもなくなるでしょう」
ただでさえ気がめいる昨今、さらに居場所がなくなってはお先真っ暗。心の持ちようで家族間の摩擦は防げると信じ、記者もわが家のお荷物にならぬよう精進したい。(本誌・秦正理)
※週刊朝日 2021年5月21日号