珠世(右)と愈史郎(画像はコミックス21巻のカバーより)
珠世(右)と愈史郎(画像はコミックス21巻のカバーより)
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鬼滅の刃』には、さまざまな魅力的なヒロインが登場するが、人間に協力した「鬼」の珠世は、その中でも異質な存在だ。珠世は鬼の始祖・鬼舞辻無惨と行動をともにした後、無惨のもとを離れ、復讐を誓う。出会った瞬間に恋に落ちてしまうような魅力を持ち、同時にその相手を破滅へと導いてしまう女性のことを、「運命の女」=「ファム・ファタール」という。オペラ『カルメン』において、伍長のドン・ホセを恋に狂わせたカルメンなどは、「ファム・ファタール」の代表的な例である。無惨にとって珠世は、まさにその身を破滅へと導く「美貌の鬼」だった。【※ネタバレ注意】以下の内容には、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

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■美貌の鬼・珠世

 鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)は、自分の血を人間にわけあたえ、鬼を作り出す。しかし、誰でも鬼化するわけではなく、その血に適合した者だけが、鬼になることができる。無惨が作り出した鬼の中に、「医学の知識」を持つ女性の鬼・珠世(たまよ)がいた。彼女はのちに、薬の力を使って、無惨を倒すことを画策するようになる。無惨を人間に戻すことができれば、鬼のパワーを無効化することができるのだ。

 医師である鬼・珠世は知性的で極めて美しい女性だった。『鬼滅の刃』ファンブックによると、彼女の肉体年齢は19歳。童顔で少女のようにも見えるが、高い教養を持ち、医師として人間社会に紛れ込んでいた。

■珠世の「特別性」

 大正時代からさかのぼって戦国時代、珠世は無惨と行動をともにしていた時期がある。直属の配下の鬼ですら、たまに言葉を交わすだけの無惨が、わざわざ「連れて歩く」ほどの鬼が珠世だった。珠世の着物、髪形の描写を見ると、洒落者の無惨の好みを反映したのであろうか、こだわりのある美しい装いをさせられている。

 冷酷無慈悲な無惨が他者へ関心を示すポイントは、3つしかない。強いこと、有益な情報を集めてくること、そして「美しい」ことだ。無惨の初登場シーンでは、彼は人間に擬態し、人間の妻子を連れ立っていた。その妻子は愛らしい顔立ちで、最新の洋装ファッションに身を包んでいる。このことからも、無惨は外見的な美しさに、関心を示していたことがわかる。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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無惨の「特別の存在」だった珠世