要請書には東京五輪開催を機に、「東京オリンピック型ウイルス」が世界に拡散される懸念を指摘した。
「中国の武漢で発生した時にはトランプ前米大統領が『チャイナ・ウイルス』と呼び、国際社会の分断を生みました。欧米では、アジア系の人々に対するヘイトクライムも発生しています。もし東京で新たな変異株が出れば、海外で暮らす日本人は『なぜこんな時期に五輪を開催したんだ』と現地でバッシングを浴びるのでは、と危惧します」
■市民と選手の間に分断
IOCは各国・地域の選手団に対するワクチン接種について、米製薬大手ファイザー社から無償提供を受けることで合意。国民の大半が接種を受けられないなか、五輪選手の優先接種は不公平との声もある。植山さんも否定的だ。
「基礎疾患があるわけでもなく、高齢者でもない五輪選手が先行接種する医学的根拠はありません。ワクチン接種に関しては首長らが先行接種したケースでも市民の反感を買っています。世界的なワクチン格差があるなかで、市民と五輪選手の間に分断を生むようなことはやるべきではない」
五輪選手に対しては、大会組織委は原則として毎日PCR検査を実施する考えも示している。植山さんは「これも差別的」だと言う。
「日本の人口当たりのPCR検査数は先進国最低で、ドイツの14分の1、米国の9分の1です。PCR検査体制を拡充し、できるだけ感染者を拡大しない。これは休業要請や酒類の提供禁止といった痛みを伴う措置と比べ、国民の負担感の少ない政策だと思うんですが、医療・介護従事者の定期的な検査さえ、いまだに実施されていません。にもかかわらず、五輪選手だけ優遇するのは、『いかなる差別も伴わない』とする五輪憲章の根本原則にも相容れません」
コロナ下での開催で医療現場の負担が増すことへの懸念は自治体や医療関係者の間にも強まっている。競技会場がある首都圏の知事たちは、選手向けの病床を優先的に確保するよう求める大会組織委の要請に難色を示している。競技会場や選手村の診療所で活動する医師や看護師についても、大会組織委は大会期間中に延べ約1万人が必要としているが、日本看護協会に要請した500人の看護師の派遣は、見通しが示されていない。
「大阪では入院もできず、多くの人が自宅で亡くなっています。にもかかわらず、五輪に協力するために医療関係者を出せというのはあり得ない。こんな要請を国が傍観しているのも許せません」
■平時でも過重労働
全国医師ユニオンに所属する関西の医師からは麻酔薬などの不足を懸念する声も上がっているという。人工呼吸器やECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)を使う場合、大きな管を喉に入れるため鎮静剤や麻酔薬を使う必要があるからだ。