このケースは内密出産に踏み切らずに済んだ。だが、もしいちごちゃんが頑なに身元を明かさなかったら、蓮田さんが何らかの罪に問われた可能性はある。内密出産のいちばんの壁は、病院で出産したにもかかわらず医師が出生届に女性の身元を空欄のまま提出することが「公正証書原本不実記載罪」(刑法157条)に抵触するのではないかという点だ。

 6月初旬、突破を試みる動きがあった。20年12月に成立した生殖補助医療法についてさらに議論するために発足した「超党派生殖補助医療の在り方を考える議員連盟」(以下超党派議連)の自民党参院議員、古川俊治さんが法務省と面会を持った。古川さんは医師で弁護士でもある。内密出産について、刑法35条「法令または正当な業務による行為は、罰しない」を適用すれば、内密出産で医師が違法性を問われることを避けられるのではないかと考えた。だが、法務省とは物別れに終わった。

 超党派議連は、14回開かれた勉強会で4回も内密出産を取り扱った。仕込んだのは議連事務局長で国民民主党副代表の伊藤孝恵さんだ。

 伊藤さんは超党派ママパパ議連の発起人でもあり、子ども子育て政策に力を入れている。初当選した16年は次女を出産して育休中のリクルート社員だった。慈恵病院が内密出産について検討していることを新聞報道で知ってから法整備を目指してきた。19年3月には国会予算委員会で「ゼロ歳ゼロカ月ゼロ日ゼロ時間、つまり産声を塞がれて亡くなる子どもが(児童虐待の中で)いちばん多い」として、内密出産制度の検討を求める質問に立った。このとき、予期せぬ妊娠に悩む当事者を「あばずれ」などと揶揄するヤジが飛び、反対派には予期せぬ妊娠に関する情報が伝わっていないと感じたという。超党派議連の勉強会では本の蓮田さんをオンラインでつないだレクチャーも開催した。

「こんな大事なこと、しっかりやらないとだめだ」と与党からも積極的な声が出てきた。だが、まだ壁は厚い。伊藤さんは悔しがった。

「思いもよらない事情が隠れているのが予期せぬ妊娠です。ただ、どんな事情があろうとも女性が安心して出産できないのはおかしいし、命は生まれてこそのもの」

■命がけで産んでいるかけがえない行為への尊敬

 超党派議連会長の野田聖子さんは、内密出産の法整備に関しては容易ではないという立場だ。生殖補助関連の議論では優先順位は高くないという。自身が過去に特別養子縁組あっせん法制定に関わった際に、内密出産も検討したが難しかったという実情を明かした。

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