今年1月25日の池波正太郎生誕100年を機に、代表作「仕掛人・藤枝梅安」が映画化される。普段は鍼医者として人を救い、その裏では殺しの依頼を受け冷徹に実行する。二面性を持つ主人公を演じた豊川悦司さんが、池波ワールドの魅力を語る。
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──池波正太郎の三大時代小説で、「鬼平犯科帳」「剣客商売」にはない「梅安」の魅力とは何でしょうか。
梅安が一番、現実的には存在しなそうな人だということですね。鍼医者が裏稼業で仕掛人をしている。このあたりは、池波先生の仕掛けですよね。
──緒形拳さん主演のドラマ(1972~73年)を見て梅安が好きだったというお話ですが、当時10歳の豊川さんは人間の二面性という主題をどう捉えましたか。
そんなに深く考えていたわけではなく、単純にヒーロー物として、ウルトラマンや仮面ライダー的な目で見ていたと思います。当時、テレビドラマの影響で木枯し紋次郎派と梅安派に分かれていたような気がします。毎週、月曜日に学校に行くと、だいたいその話題が出ましたから(両番組とも土曜に放送)。楊枝をくわえているか、楊枝を手に持っているかの違いでしたね。日光に修学旅行に行ったら、紋次郎派は皆、笠を買ってました(笑)。
──オファーを受け、改めて原作を読み返して感じたことは?
梅安の温かみを大事に出していったほうがいいと思いました。そうすることで、より殺しの場面が効く。特に彦次郎(梅安と行動を共にする仕掛人=片岡愛之助)と酒を酌み交わすところでは、梅安の体温みたいなものを感じてもらえたらいい。そう思いながら、演じました。
──彦次郎との二人だけの会話シーンが非常に多い作品ですね。
物がない時代だからこそ成立する豊かさ。人にかける思いの深さや情けみたいなものは、やっぱり今とは比較にならないほど強かったんだろうと思いますね。行灯(あんどん)の明かりひとつの時代です。顔を突き合わさないと相手が見えない暗さの中で、必然的に距離感は縮まっていくわけですし。深々とした静寂の中で、言葉をとても大切にしながら話していたんじゃないかなという気がしますね。