元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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東京に再び緊急事態宣言。前回の解除から3週間。もはや緊急事態が日常。言語矛盾。一体どっちが現実なのだろう。五輪はやるということなので、ならば日常かと思えば緊急事態だとおっしゃる。で、五輪以外のことは自粛してねと。従わなければ罰を与えますと。もはや東京はSF的パラレルワールド、あるいは中世の暗黒時代のようだ。
何(いず)れにしても、最初に宣言が出た時のような、皆が力を合わせて自粛すればその先に光が見えるのだというフィクションは気づけばもうどこにも見当たらない。今にして思えば、もはや懐かしく甘酸っぱい思い出のようだ。なぜあのようなフィクションを皆が信じたのか不思議ですらある。もしかすると最初からそんなフィクションは存在せず、ただ皆がそのように信じたかっただけなのかもしれない。確かに当時の首相は「2週間でピークアウト可能」とおっしゃったが、彼とて一人の人間。責めることはできない。あれから1年以上経った今も我らは何も乗り切れず光も見えぬまま。乗り切っても乗り切っても黒い山。
でもうんざりしていたって現実は何も変わらない。ここはもう、自分は生涯緊急事態の中を生きるのかもと覚悟したほうがいいように思えてきた。その上で何をなすべきかを考える。何しろ人の一生は一度きり。毎日が正念場と思わねばならぬ。
私が一つ決めたのは、もう「コロナが落ち着いたら」という約束はやめようということだ。これは散々使われたセリフだが、もはや「宝くじで1億円当たったら」みたいな空虚な社交辞令に思える。そんな空文を繰り出す暇があったら、実のあることを考えたい。
困難の中でも知恵を使い心を使い、やるべきこともやりたいことも先送りせずやる努力をしたい。いつか、はない。あるのは今のみ。これまでの経験を生かし、気をつけるべきことはしっかり気をつければ不可能はないというのが、この度の五輪に臨む政府の姿勢であろう。そこから学べることは学び取りたいと思う。
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2021年7月26日号