
1960年代、中絶が違法だった時代のフランス。優秀な大学生アンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は思わぬ妊娠をする。医師に「堕胎に加担したら刑務所行きだ」と拒絶され、自力でなんとかしようとするが──。連載「シネマ×SDGs」の30回目は、今年のノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの自伝的小説を映像化した「あのこと」のオードレイ・ディヴァン監督に話を聞いた。
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原作となるアニー・エルノーの『事件』を読んでショックを受けました。私自身、中絶を経験していましたが、現代でのそれは医学的な行為であり痛みもありませんでした。しかし作者自身を投影したヒロイン・アンヌが経験するそれは実に暴力的なものでした。

フランスでは1975年に「ヴェイユ法」が制定されるまで中絶は犯罪でした。フランス人であれば誰もが知っている歴史ですが、みなオブラートに包んで語りたがらない。その時代に望まぬ妊娠をした女性たちにとって中絶がどれほど精神的・肉体的な苦痛を伴うものだったのか。その実態が本を読んでまざまざと感じられ、映画に描きたいと思いました。