大草原の中のゲルで数日間暮らしたが、一面に星降る天空の下、狼よけの柵を辿りながらトイレ棟まで独り歩いた夜を忘れない。
そしてその地で、ドイツ語の通訳をしていたサランという女性と友達になった。
サランとはモンゴル語で月という意味。父は詩人、母は教師。色浅黒く、きりっとした誇り高い美女であった。当時酒の強かった私は、二人で義姉妹の盃を交わしたのだった。
彼女は今どうしているのだろうか。横綱照ノ富士の品格を考えた時、彼女を思い出した。
日本人とモンゴル人はよく似ている。民族服を着て写真をとった私も全く違和観なくよく似合った。
日本の相撲は今、外国人、特にモンゴルの力士に支えられているといって過言ではない。特に一人横綱の重責を長年担った白鵬はじめこれまでに五人の横綱を輩出し、幕内最年長の玉鷲もモンゴル出身である。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『明日死んでもいいための44のレッスン』ほか多数
※週刊朝日 2021年8月6日号