AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明三冠(名人、棋王、王将)、森内俊之九段(十八世名人資格者)、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段、「将棋界初の姉妹女流棋士」の中倉彰子女流二段に続く5人目は、「将棋界初の母子棋士」の藤森哲也五段です。3日発行の8月9日号に掲載したインタビューのテーマは「私の家族」。
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「解説名人」
藤森哲也五段はファンからそう呼ばれている。今をときめく藤井聡太二冠(19)の対局のいくつかは、哲也の名実況とともにファンの記憶に残る。現在、YouTuberでもある。チャンネル登録者数は8万5千。対局実況や数々の斬新な企画が、幅広い層から好評を博している。
「将棋、すごい久しぶりに指すね」
哲也はYouTubeのゲストにそう語りかけた。この日登場したのは父の保(63)だった。
「最後は勝ち逃げだったんだ。それで15年ぐらいもう指してない」(保)
「全く覚えてないよ」(哲也)
父子はそう言って笑った。15年前、哲也は棋士の養成機関・奨励会に所属する二段。正式なプロに昇格するまであともう少しという立場だった。その子に勝てる父の技量は、並のものではない。父は往年のトップアマ。哲也が生まれる前の1983年、84年には全日本アマチュア名人戦で準優勝を飾っている。
「プロの強さがわかったかな?」(哲也)
「参りました」(保)
15年ぶりの父子対局は、子の圧勝に終わった。当然の結果と言ってよいだろう。
「今度はおふくろを呼んでくる?」(哲也)
ファンからもその要望がある。哲也の母は女流棋士の藤森奈津子(現女流四段、60)。出演は母が拒んでいるため、実現する見込みはない。
「夫は最初から、男の子だったら名前は『哲也』と決めてたんです」(奈津子)
87年。奈津子と保の間に長男が生まれた。保は愛読書である阿佐田哲也の名作『麻雀放浪記』の主人公にちなんで子の名をつけた。
「子供が生まれたら夫の会社の社内報で紹介されるんですけど、名前の由来は『勝負強い子になるように』と書いていて。皆さん、意味はわかったんでしょうか」(奈津子)
哲也はゲーム好きの子に育った。しかし両親が期待したとおりに、すぐに将棋を好きになったわけではなかった。
(構成/ライター・松本博文)
※AERA 2021年8月9日号から抜粋。記事の続きには、藤森哲也五段が将棋を好きになるまでの過程なども紹介。また、藤井聡太二冠と豊島将之二冠が戦う王位戦、叡王戦について、渡辺明名人とコンピューター将棋ソフト「水匠」開発者の杉村達也さんが、2人の対戦を読み解く豪華な布陣でお届けします。