兄は、最強の弟のことを「神々の寵愛を受けた者」だといい、その強さをうらやんだ。弟への愛情が、身を焦すような嫉妬心に変わっても、わが身を鬼に変えるほどに憧れて、とうとう人ではなくなってしまった。
だが、神に与えられたといわれる「強さ」について、縁壱は不思議に思う。他者を不幸にするしかない「忌み子」の自分は、何をなすために生まれたのか。この「強さ」は何のためにあるのか。
<鬼の始祖を見つけた 出会った瞬間に 私は この男を倒す為に生まれて来たのだと わかった>(継国縁壱/21巻・第186話「古の記憶」)
縁壱は、無惨に初めて会った時に、己の運命をやっと悟った。縁壱は神々に愛されたのではない。使命を与えられただけだ。神々が縁壱にもたらしたのは、孤独な「鬼狩り」としての運命。誰も縁壱に近づけず、誰も縁壱とともに生きることができない。妻を救えなかった自分。子どもを守れなかった自分。優しかった兄を鬼にしたのも自分ではないか。神から授けられた「鬼狩り」としての運命がどのようなものか、やっと理解できた。
■兄・巌勝への悲痛な「思い」
<お労しや 兄上>(継国縁壱/20巻・第174話「赤い月夜に見た悪夢」)
「上弦の壱」と呼ばれる鬼・黒死牟(こくしぼう)に変貌した兄を見た時、縁壱はこう言った。ふだんは心の機微をあまり表情に出さない縁壱だが、兄を見て涙があふれた。
なぜ縁壱は「お労しい」と言ったのか。黒死牟は「憐れまれた」と思ったようだが、そんなさげすみの感情は縁壱にはなかっただろう。あの優しい兄が、この国で一番強い侍になりたいと願った兄が、妻子に恵まれ継国家の後継者として生きるはずだった兄が、自分という「忌まわしい弟」を持ったがために、鬼になってしまった事実。自分のような者に、心を、人生をかき乱された兄が、不憫でならなかった。
しかし、「神々に選ばれた」縁壱は、鬼になった最愛の兄を斬らねばならない。それが神々の意思であり、継国兄弟の運命なのだから。