抜歯後などの口内の痛みに対しても、漢方薬が使われる場面は増えている。漢方を取り入れ、全身から口の中を診ることのできる総合診療歯科医の育成をおこなっているNPO法人日本・アジア口腔保健支援機構(JAOS)の理事長で、とつかグリーン歯科の渡辺秀司歯科医師はこう話す。

「歯科で痛み止めといえば鎮痛薬のロキソニン。これでほとんどの患者さんは痛みが止まります。しかし、高齢者はすでに他の病気でロキソニンを服用している人が多く、副作用が出やすくなるので、追加で処方ができません。このようなときに漢方薬の立効散(りっこうさん)が役に立つのです。立効散は粘膜に触れると麻酔効果があり、西洋薬に劣らず、即効性があります。私は歯の神経の処置後の際などに痛みを強く訴える患者さんに、お湯で溶かした立効散をブクブクうがいをして、飲んでもらいます」

 渡辺歯科医師によれば、歯科医師は歯とともに粘膜疾患の有無を観察、「舌」を必ず診る。このため、漢方の診断法の一つである「舌診(ぜっしん)」が身につきやすい。

「舌の色や形はからだの健康のバロメーターであり、冷えや血流の悪化などの全身状態が把握できるので、口の中を観察し、治療をすることはとても大事です。きちんと学べば患者さんに最適な漢方薬を処方できるようになり、『歯を治したら、からだも元気になった』と喜ばれます」(渡辺歯科医師)

1つの例として、渡辺歯科医師は、入れ歯が合わなくて悩んでいた80歳の女性のケースを紹介してくれた。その女性は40年以上前に初めて入れ歯を作った後、さまざまな歯科医院で繰り返したくさんの入れ歯を作ってきた。なかには自費治療で高額なものもあった。しかし、いずれもはめると入れ歯が浮いて、食事ができない。さらに舌をかむ、舌が歯に当たって痛く、イライラすると訴える。夜も眠れなくて、ときどき目が覚めるため不眠状態が続いている。

 渡辺歯科医師が舌を診たところ、血流が悪くてどす黒い紫暗色、さらにむくんで大きく隆起し、睡眠時にはのどが圧迫されるほどだった。そこでむくみ対策として五苓散を、精神を安定する効果と血流をよくする対策として十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を処方した。結果、舌は徐々に通常の大きさに戻り、入れ歯は安定。4カ月後には痛みなどの不快感がすべて消え、入れ歯が問題なく使えるようになった。

「歯周病で基本治療をきちんとしても歯ぐきからの排膿がおさまらない人、きちんとケアをしているのにインプラント治療の後に細菌に感染し、合併症(インプラント周囲炎)が起きてしまった人などにも漢方薬を使うとうまくいき、症状がおさまることが多い。多くの漢方薬には粘膜の免疫を活性化させる働きがあり、この効果だと考えています。さらに研究を重ね、歯科における漢方治療のエビデンス(科学的根拠)をもっと出していきたい。それによって、一般の歯科医院でももっと漢方を使うことが当たり前になることを期待しています」(同)

(文・狩生聖子)

暮らしとモノ班 for promotion
「集中できる環境」整っていますか?子どもの勉強、テレワークにも役立つ環境づくりのコツ