藤井(中央奥)は優勝後、こども大会の参加者を見送った
藤井(中央奥)は優勝後、こども大会の参加者を見送った

 斎藤は2002年、藤井は11年、ともに小3のときに低学年の部で優勝した。羽織袴(はかま)を着せてもらい、壇上で指せる決勝戦は、こどもたちにとって晴れの舞台だ。藤井が小2のとき、決勝で敗れて準優勝に終わり、人目もはばからず大泣きをしたのは、いまでも語り草だ。

 本局で解説を務めていたのは郷田真隆九段(51)。羽生と同学年で「黄金世代」の一人に数えられる郷田は93年、羽生に次ぐ22歳の若さで本棋戦優勝を果たしている。郷田はそこから3回連続優勝の連覇記録を達成した。藤井がその記録に迫った際には、改めて郷田の名前もクローズアップされるだろう。

■飛車を逆にねらう筋

 本棋戦ではファンに次の一手クイズを楽しんでもらうため、対局中に一度、どちらかの対局者が「封じ手」をする。その局面を決めるのは解説者だ。

「かなり難しい局面ではあるんですけれども」

 郷田がそう言いながら指定したのは斎藤の51手目だった。時間があればいくらでも考えたい局面。しかし早指しの本局では、瞬時に判断を求められる。斎藤が紙に記した一手は、本局のゆくえを大きく左右した。

「封じ手は先手1五歩です」

 観戦席からさざめくような声が聞かれた。斎藤は思い切って攻めに出る。藤井は力強く受けに回った。斎藤の攻めの主力である飛車を逆にねらう筋が、斎藤の盲点になっていた。

「勝敗を分けてしまうような見落としといいますか。見えない手を指されましたので」

 局後に斎藤は悔やんだ。斎藤ほどの強豪が見落とすのだから、ほとんどの観戦者にはもちろん、どちらの形勢がいいのかは、すぐにはわからない。しかし進められてみればなるほど、藤井の反撃は思いのほか厳しかった。

 優位に立ってからの藤井は、まったく誤るところがない。最後は斎藤玉をきれいに詰め上げて、114手で快勝を収めた。

 藤井は表彰式で賞金500万円のプレートを受け取った。22年における藤井の獲得賞金・対局料の総額は、いずれ公式発表される。1億円を超えるのは間違いない。これほど稼ぐ20歳は、そうはいないだろう。

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