作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、小田急線で起きた刺傷事件について。
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今月6日、小田急線車内で36才の男が10人の被害者をだす刺傷事件をおこした。男が「幸せそうな女性を殺したかった」と言ったことが報道された。男がそう言ったのなら、これは「フェミサイド」である。幸い死者は出なかったが、被害者になった女性の1人は背中や胸など7カ所も背中を切られ、重傷を負った。
「驚くべきことに」、なのか、「やっぱりな」、なのか、「これはフェミサイドだ」とSNSで恐怖を語る女性たちの声に対し、すぐに「これはフェミサイドではない」「フェミサイドと断定するのは危険だ」と、フェミサイドを否定する声がわらわらと続いた。すぐにフェミニストたちから「#小田急フェミサイドに抗議します」というハッシュタグがうまれたが、そのハッシュタグで発信する女性にナイフの写真を送りつけてくる人もいた。また今月14日には新宿駅でフェミサイドへの抗議スタンディングが行われ、フェミサイドにあらがう声をポスト・イットに記し、駅に貼ろうというアクションが呼びかけられた。それに対しても、「ポスト・イットを勝手に貼るのは器物損壊」「小田急は被害者だ」という声が相次いだ。
フェミサイドをフェミサイドと認めたくない人たちの言い分を大きく分類すると三つある。
一つ目は「本当に犯人は女性を狙ったのか? 証拠はあるのか?」という慎重論だ。とはいえ、抗議の声をあげた多くの女性たちは妄想で動いたのではなく、報道をベースにしている。報道は警察発表をベースにしている。「幸せそうな女性を殺したかった」と警察が犯人の言葉をそのように発表したのなら、思い切り恐怖と怒りと抗議の声をあげるのは当たり前のことではないか。
二つ目は「男性の被害者もいるからフェミサイドではない」「誰も死者がいないからフェミサイドではない」と、そもそも「フェミサイド」が何であるかの理解が足りない声だ。「フェミサイド」は、女性に対する明確な意図(殺意)をもった行為のこと。女性の存在を消すための行為のなかで、男性が巻き込まれ、また犯人が意図を完遂できなかったとしても、「フェミサイド」の事実を消すことにはならない。