大新聞やTV局はオリンピックの協賛企業になって、国民の命を守ることより、保身に走った。私は朝日新聞の「声」欄にオリンピックの中止を求める投稿をした(編集部注)。朝日新聞は翌日夕刊の<素粒子>で、「胸のすく思い」と書いてくれたが、それきりだった。「胸のすく思い」をした人は、その後何をしていたのか? 「その通りだ」と思えば、やるべきことはあっただろう。
結局オリンピックは開催された。それがコロナの感染爆発をひき起す可能性を知りながら、ジャーナリズムは、首相と都知事が死のルーレットに国民の命をチップとして賭けるのを黙って見ていた。
今、現実に医療崩壊が起きても、政権を非難する声は小さい。
最近私は二つの小さな記事に目をとめた。
一つは、電通が史上最高益を出したこと。
もう一つは、IOCのバッハ会長の記事だ。
近年、これほど日本で評判の悪かった外国人はいなかっただろう。偉大な作曲家と同じ名前ということに、音楽を愛する者としては腹が立つのだが、この人、菅首相と小池都知事に功労賞を贈ったという。このニュースで私が連想したのは、一夜に十万人の民間人の死者を出した昭和二〇年三月一〇日の東京大空襲を指揮した米軍のカーチス・ルメイに、戦後、日本が「航空自衛隊の創設に貢献した」として勲章を贈ったことだった。
立場は違うが、「日本人の命を危険にさらした」という点では共通している。
そして、少しほとぼりがさめたころに、日本政府は「東京オリンピック開催に貢献した」として、バッハ会長に勲章を贈るに違いない、と私は思っている。(寄稿)
編集部注・赤川次郎さんは、2021年6月6日の朝日新聞朝刊の「声」欄に、「国の指導者の第一の任務は『人々の命を守ること』」と、東京オリンピック2020の中止を求める投書をした。
あかがわ・じろう/作家。1948年、福岡県生まれ。76年に「幽霊列車」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。以降「三毛猫ホームズ」シリーズをはじめとする推理小説のほか、数多くの作品を執筆。2016年『東京零年』で吉川英治文学賞受賞。著書に『セーラー服と機関銃』『ふたり』など多数。
※週刊朝日 2021年9月3日号