周囲からの期待が真面目一筋の青年を死に追いこんだ。そのことを忘れてはいけない。

 その時に持てる力をすべて発揮出来れば、それでいいではないか。自分と戦って得たものは何より大きい。

 他人のために、国のためにメダルを取るのではないことは言うまでもない。

 途中棄権した選手も、競技を欠場した選手も、それぞれのドラマに、私たちは感じるものがあるのだ。

 気になる結末がある。陸上男子四百メートルリレーで、期待の日本選手四人の戦いは、バトンパスのミスで途中棄権となった。本人たちの落胆はいかばかりか。二人の選手は走ることさえかなわず、リレーという責任感ものしかかったに違いない。

 次の日のマスコミではレースのことはあまり取り上げられていなかった。

 オリンピックは勝者だけのものか。敗者も棄権した人も参加者全員にドラマがあるはずだ。

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

週刊朝日  2021年9月3日号

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