広島・長崎に原子爆弾が投下されてから今年で76年。米国在住の臨床心理医・美甘(みかも)章子さんは、広島で被爆した父の体験を描いた映画「8時15分 ヒロシマ 父から娘へ」を完成させた。様々な壁にぶつかりながらも、作品を通して世界の人々に伝えたかった父の思いとは──。
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「アメリカ人の中には、原爆が投下されて一瞬でなにもかもが消滅したのだと思っている人もいるようです。爆発の後で生き残って、苦しい思いをした人がいるとは知らなかった。そういう感想をたくさん聞きました」
そう語るのは、米サンディエゴで平和活動に取り組むNPO法人サンディエゴ・ウィッシュの代表で、臨床心理医の美甘章子さん(59)。広島で被爆した実父の体験を描いた映画「8時15分 ヒロシマ 父から娘へ」(J・R・ヘッフェルフィンガー監督。公開中)のエグゼクティブ・プロデューサーであり、原作本の著者だ。
章子さんの父・美甘進示さんは、1945年8月6日の朝、建物疎開のため自宅を壊すべく、屋根に上がって瓦を1枚ずつはがしていた。
進示さんが父の福一さんと住む家は、爆心地から1.2キロしか離れていない。8時15分。進示さんは鼓膜を突き破るような音とともに全身に激痛を受け、気がついたら瓦礫(がれき)の下に埋まっていた。
右半身が焼けただれ、歩くこともままならなかった19歳の進示さんは、福一さんの強い励ましと助けのおかげで奇跡的に命を取り留めた。
章子さんが続ける。
「父の体験を本にしたいと最初に思ったのは、小学5年生くらいのときです。その後、中学に入って気がつきました。同級生の親御さんの多くは、父よりもずっと若いことに。疎開していて被爆を免れた方々です。至近距離で被爆して助かった人はほとんどいないことを知り、父の体験は非常に珍しいことだと意識するようになりました。でも小娘が書いたところで、読者の心を打つものにはならない。自分が人生経験をしっかり積んでから書こうと思いました」