50歳を前にした2010年。章子さんは、父の体験を書く決意をした。

「フランスの国際ビジネススクールの修士課程で学んでいたときのことです。学生は世界30カ国ほどから集まった30~70代のエグゼクティブ。ファミリービジネスの授業で、私は父が経営していた零細企業について15分程度のプレゼンをしました。仕事の背景として父がどういう考えを持っているか説明するために、原爆のことも淡々と語ったんです。そのときふと学生の席を見ると、皆、顔が凍りつき、涙を流していました。授業の後、皆から『キノコ雲の下で生き残った人たちがどういう経験をしたのか、どういう思いをしたのか。初めて聞いた。ぜひ本にしてほしい』と言われました」

 13年7月に英語版を出版。さらに14年7月には日本語版『8時15分 ヒロシマで生きぬいて許す心』を上梓した。

 書名にある「許す心」は、進示さんの信条だという。瀕死の重傷を負ったうえ、自分を助けてくれた福一さんを喪(うしな)ってしまったにもかかわらず、進示さんは決してアメリカへの恨み言を吐かなかったそうだ。

「父はよく言っていました。『恨みつらみで、心が奴隷のようになってしまってはいけない。そこから自分を解き放って、前を向いて生きることが大切だ』と」

 英語版の刊行から数カ月後には、ハリウッドの関係者から映画化の話が舞い込んだ。しかし、

「脚本もできていますが、出資金が集まりにくく、準備進行に大変時間がかかっています。本も最初の数年間はあまり知られていませんでした。英語版が最も売れたのはイギリス。アメリカでは書名にヒロシマとあるだけで『日本は自業自得』『原爆があったから日本は救われた』と、手に取ろうともしない人が多かったんです」

 原爆投下75年の2020年を前に、章子さんは英語版書籍の改訂版を刊行。さらに準備に時間がかかっている映画とは別の映画を、身銭を切って製作することを決めた。

「資料写真、資料映像と父のインタビューを入れた15分程度のドキュメンタリー映画を作ろうと思ったんです。それでニューヨークに住むプロデューサーと監督にお願いしたところ、『感情移入ができる再現ドラマも入れて、もっと大きな作品にしよう』と構想を練ってくれました」

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