生産現場では毎日のように新たな問題が発生し、解決すると次の問題が起きる。テスラ創業者のイーロン・マスクは工場に寝袋を持ち込み、24時間体制でトラブルに対処した。この間、4半期の「キャッシュ・バーン(現金燃焼)」は1千億円規模に達し、投資家から調達した資金がみるみる燃えていく。ある米国の投資家は「鼻血が出そうな損失と、涙が出そうなキャッシュ・バーン」と嘆いた。
それでも「温暖化ガスを出さないEVで地球を救う」というマスクの信念が揺らぐことはなく、ついに廉価版EV「モデル3」の量産を成功させた。
久保はミューズコーの売却後、フリーのコンサルタントとして働いていた。そんな彼の元に電通から電話が入る。「バチェラー」への出演依頼である。
久保はこの案件に「相応のリスク」があることを理解していた。「富豪のイケメン社長」というイメージは、嫉妬ややっかみを生む。一方で「日本でまだ誰もやったことのない挑戦」に強く惹かれた。もう一つ、彼の背中を押す理由があった。ミューズコーを立ち上げた際、知名度を上げるのに莫大(ばくだい)な広告費がかかった。優れたサービスでも、知ってもらえなければ始まらない。スタートアップにとって、大きな壁である。
「だったら自分が広告塔になればいい」
初代バチェラーになれば、知名度は間違いなく上がる。番組が終わった後に自分が始めるビジネスもきっと注目される。30代半ばに差し掛かった久保には「この辺りで人生を変えたい」という願望もあった。
そして人生が変わった。
今まで会えなかったような人たちに会えるようになった。見ず知らずの人が、自己紹介をしなくても「あ、バチェラーの人」と言ってくれる。一方で顔を知られているから、日々の生活はかつてより慎重になった。
■ストーリーが仲間呼ぶ
「さて次は何をしようか」
思案中の久保は引っ越しをする。古くなっていたり、新居の間取りに合わなかったりしたので、家具は全て粗大ゴミに出した。山積みにして走り去るトラックを見ながら、思った。
「もったいないよなぁ」