

かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな循環の中心にいる人々に迫る短期集中連載。第1シリーズの第4回は、家具や家電を定額で貸し出す「CLAS」代表取締役で、「初代バチェラー」でもある久保裕丈だ。AERA 2021年9月13日号の記事の3回目。
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中学受験で第1、第2志望に落ちたことを除けば「負け知らず」できた久保は、大きな挫折を経験する。それはスタートアップによくある「30人の壁」だった。社員が30人までは誰もが友達で、あうんの呼吸で仕事ができる。だがそれを超えると会社は組織になる。人事制度や目標設定がしっかりしていないと、バラバラの方向に走り出す。売却時点の社員は60人。みんなを一つの方向に向けて束ねる力が久保にはなかった。
「僕にビジョンやバリューがなかったからだと思います」
久保はそう振り返る。会員制ファッションサイトは「どうしても自分がやりたい仕事」ではなかった。コンサル的なアプローチで「何をやれば当たるか」を考えた結論だったからだ。
「これが自分の使命だ」と思えるような仕事なら「今は苦しいけど、ついてきてくれ」と皆を引っ張れる。だがこの時の久保はまだ、60人の気持ちを一つにする言葉を持たなかった。それどころか、赤字が5億、10億円と増えていくにつれ、経営を続けることがつらくなっていった。
■自分が広告塔になる
起業とはある意味で狂気である。今までになかった製品、サービスを世に送り出す。それが世間に受け入れられるまでは変人扱いされ、株主や債権者からは「早く利益を出せ」と強烈なプレッシャーを受ける。
今や株式時価総額が約75兆円とトヨタ自動車(約31兆円)の2倍以上の価値を持つ電気自動車(EV)大手の米テスラも、17年には「プロダクション・ヘル(生産地獄)」の中で、もがいていた。「ぽっと出のベンチャーにクルマの量産などできるものか」。大手自動車メーカーは冷笑し、投資家も「さすがに無理か」と見放し始めた。