元裁判官で法政大学法科大学院教授の水野智幸氏に今回の控訴審判決について意見を求めると、「私が本件の裁判官なら有罪判決は出さない」と語った。
「血痕の数という有罪判決の根拠が崩れたのだから、再審理を求めて一審に差し戻すべきでしょう。『額の血を拭うはず』という論拠は、有罪理由の核にするにはあまりに弱い。弁護側の証拠への言及も甘く、自殺の可能性を排斥できていない。有罪という結論ありきの判決文に見えました」
日本の刑事司法は「有罪率99%」で、裁判官は検察の主張を追認しがちだと指摘される。裁判官として20年以上勤務した水野氏は、「有罪ありき」に陥りがちな裁判官の心理をこう語る。
「警察、検察の捜査を経て有罪と見られている事件を覆すのは、やはり勇気が必要です。無罪を出すと、冤罪を防いだとメディアから称賛される一方、嫉妬なのか、他の裁判官から冷ややかな視線を感じることもあります」
裁判官も一人の人間。私的な感情やバイアスを排するのは難しい。水野氏はこう語る。
「裁判官は立場上、誰かに指摘されることが少ないため、批判に対して臆病な人が多い印象があります。社会全体で裁判の内容に関心を持ち、公正さを監視していくことには大きな意味があります」
弁護側は8月31日、最高裁に上告趣意書を提出した。今後の裁判の行方が注目される。
◆
朴被告はこれまでメディアの取材を一切受けてこなかったが、今回、事件や家族のプライバシーに関わる内容以外という条件で、本誌インタビューに書簡で回答が寄せられた。(回答は原文ママ)
――拘置所ではどのような生活を送っていますか?
「妻と子供たちのことを想い続けています。自死を防ぐために、なにかできたはずだとずっと考え続けています。他の時間は読書をしたり手紙等を書いたりしています」
──現在の心境は?
「ただ一心に裁判を信じています。なお裁判を信じています。私が46年間に出会ってきた人たちに照らして、この国の人々は根拠に基づいて、理性的に判断ができると思っています。高裁の錯覚はきっと訂正されると信じています」
──日々の心の支えは?
「子供たちからの手紙です。私もたくさん送り、たくさん受け取っています。毎日繰り返し読み、送ってくれた絵を舎房内に飾っています」
──支援者への思いは?
「感謝しかありません。私には過分な、かけがえのない友人たちです」
本誌・大谷百合絵
※「週刊朝日」9月24日号より