信徒たちの個人あるいは仲間同士での活動は、当宣教会が干渉するところではなく、むしろ自由に任されるべきであって、そのような個人あるいは仲間同士での活動や交流の中で友人関係・人間関係が形成されることはあり得るかと存じます。


――学生たちに接触する最初の段階で宗教であることを明かさずに勧誘することの是非を、どのようにお考えでしょうか。


 何をもって「勧誘」ととらえていらっしゃるのか、判然としませんが、辞書によれば「あることをするように勧めて誘うこと」(デジタル大辞泉)とありますから、聖書について学ぶように勧めて誘うことをおっしゃっていると解します。聖書について学ぶように勧める以上、聖書に言及せざるを得ませんので、宗教行為であることは明らかになっているかと存じますが、当宣教会としても、聖書の話をする場合には、宗教であることを相手に告げるよう、当宣教会の傘下の教会に対して伝えています。


 そして、聖書や当宣教会について学びたいという意思がある方々には、続けて学んでいただいて、ある方は信徒になることもあれば、その方の自由意思により学ばなくなる方もいらっしゃいます。当宣教会は、入るも自由、出るも自由な教会です。


 なお、宗教行為に勧誘する意図を持って相手に接触するのであれば、接触の際に明かすべきであろうとは存じますし、当宣教会としても当宣教会を明らかにした活動もさまざまにしておりますが、宗教行為に勧誘する意図ではなく、単に人とのつながりを持ちたくて、あるいは同様の趣味を有しているがゆえに個人的な興味を持って接触したりする際には、上述のとおり、沈黙の自由、信仰告白の自由との関係上、自身の信仰を告白することは、我が国において強要されるべきではありません。


――キリスト教福音宣教会の創設者である鄭明析氏は、女性信者に性的暴行をしたとして2009年に韓国で実刑判決を受けています。この件について、どのようにお考えでしょうか。冤罪(えんざい)とお考えであるなら、当時、韓国内だけではなく、日本でも被害を訴えた女性たちがいたことについては、どのようにとらえているのでしょうか。

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「(教祖の)実刑判決には理解しがたい疑問点がある」