■炭治郎が乗り越えた「最後の試練」


 こんなふうに、炭治郎はさまざまな辛苦をなんとか乗り越えてきた。しかし、とうとう最終決戦で多くの仲間の死を目撃し、あまりにむごいその結末に、炭治郎の緊張の糸が切れてしまう。


<本当にもう疲れたんだ お願いします神様 家に帰してください 俺は妹と家に帰りたいだけなんです どうか…>(竈門炭治郎/23巻・第203話「数多の呼び水」)


 それでも炭治郎はもう一度だけ耐えねばならなかった。人間であり続けるために、もう一度だけ「運命の試練」を乗り越えなくてはならないのだ。


 一般的に、物語の主人公は、最終場面で仲間のために戦いきる場面が描かれることが多い。しかし、『鬼滅の刃』はちがった。「最後の試練」で竈門炭治郎は刃を振るわない。仲間たちの温かい手が炭治郎に添えられて、炭治郎は帰るべき道へと手を伸ばす。それだけだった。鬼の誘惑に耳をかさず「愛する人たちを信じきること」、これが炭治郎の「最後の試練」に必要なことだったのだ。


 最終巻で、炭治郎たちがつないできた優しさが、「救済」となって花開く。そして、すべての人たちをその優しさが包み、長い恐ろしい「夜」がやっと明けたのだった。


◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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