先に行った私の友人が、出会った女性と親し気に話している。
聞けば、三年前に長野の病院で一緒だった女(ひと)だという。
病名は急性骨髄性白血病で、友人は移植を一度して今は職場に復帰しているが、彼女は二度も移植をして、今も仕事をしながら病院に通う。
「ずいぶん髪が伸びましたね?」
「僕はまだ坊主刈りにしているけど」
二人の間にしか通じない空気が流れる。難病を克服して九死に一生を得た者同士の生への思いが溢れている。
「どうぞごゆっくり!」
彼女は自分で描いた堀辰雄の肖像の栞(しおり)を私にくれた。帰り際、友人は彼女に大きく手を振った。
今こうやって生きて仕事が出来ることへの喜びが溢れていた。
堀辰雄の有名な言葉が浮かんだ。
「風立ちぬ、いざ生きめやも」
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2021年10月1日号