やめたいと思うこともあったが、地方のテレビ局に出張すると、連載を読んで阿武野さんと語り合いたいという若手が必ず現れた。
「午前1時、2時まで付き合って制作者人生相談みたいになるんですけど、のたうち回っている後輩がいて、連載がそこに届いていると思うと、つい書いちゃうんです」
体験を通して語られるドキュメンタリー論であると同時に、一人の放送人の人生ドラマとして読むこともできる。寺の息子という生い立ちから、アナウンサーで始まった東海テレビでの仕事、何度も一緒に仕事をした樹木希林さんとのエピソード、家族の話も盛り込まれている。
読者からは読みやすいという反応が多かった。
「放送人の癖ですけど、文章を声に出して読みながら書いているから、流れがいいのかもしれません」
発売以来、書店に行くのが日課になった。この本を端末で検索し、在庫の減り具合を確認する。
「視聴率に追われているテレビマンなので、数字となかなか決別できないんでしょうね。本を出しても数字に追われています」
編集者に迷惑はかけられないと営業活動にいそしむが、スリルとヒントが詰まった一冊は既に版を重ねている。(ライター・仲宇佐ゆり)
※AERA 2021年10月4日号