秋の食卓を彩るキノコたち。スーパーで買うのもいいが、自分で採ったものなら味も満足感も格別だ。歌人の永田和宏さんもキノコに魅せられた一人。「キノコ人生」を振り返ってもらいました。
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今では普通に売られているマイタケですが、昔は幻のキノコでした。大量生産されスーパーで売られているのを見たときは、ショックでしたね。
それでも店で売っているキノコの種類は、まだまだ限られています。売られていないものの中に、おいしい種類がたくさんあるのです。
また、「今このキノコを食べているのは、採ってきた俺だけなんだ」という満足を感じられるのも、キノコ採りの醍醐味だと思います。自分の足で探して見つけたものを食べるのは、とても贅沢なことでしょう。
──そう語るのは、宮中歌会始詠進歌選者、朝日歌壇選者の歌人であり、細胞生物学者としてJT生命誌研究館館長を務める永田和宏さん(75)。長年にわたりキノコ採りを楽しんできた。
あれは京都大学で講師をしていた30代半ばくらいのことですね。文学部の助手だった友人が、ツルタケを採ってきたのがきっかけです。「ツルタケはテングタケという毒タケの仲間だけど、これだけは食べられるキノコ。おいしいですよ」と言ってくれたんです。家に持って帰って食べたら、これがおいしくて。
あくる日、「昨日はおいしかったよ」と言ったら、「え、本当に食べたんですか?」と言われました(笑)。ひどい話ですけど、そんなことから、キノコを採って食うという楽しみが始まりました。
京都では、市内でもいろいろなところにキノコが生えています。皆、気がつかないだけですね。キノコを探す目にならないと、見てても見えていないわけです。
京大の横の東大路通には、プラタナスの並木があります。その木に春秋2度、ヤナギマツタケというキノコが生えます。古い木の枝を切った断面に、ワッと束になって生えていたりします。百万遍から京大病院まで歩いて戻ってくる間に、採ったキノコで紙袋が二つくらいいっぱいになって。それを塩漬けにして、冬の間、毎晩のように鍋で食べた年もあります。