この原作の描写に対して、劇場版での煉獄は眼前にいる弟をしっかりと見つめ、穏やかに話しかけていた。強く優しい兄の姿。劇場版では、原作での「煉獄の悲しい表情」が、極限まで減らされていることが分かる。劇場版の多くの場面では、煉獄の悲しみは、煉獄のバックショットや、顔が映されないカットで表現されていた。

■「強い炎柱」が子どもの心に戻るまで

 このように劇場版では、みんなが見てきた、強い「炎柱・煉獄杏寿郎」の姿が中心に描かれていた。それに対して、原作の煉獄は、彼自身の胸の痛みや苦悩の表情が見てとれる。私たちは、原作と映画、そしてアニメを通じて、この煉獄の2つの顔を見ることができるのだ。

 しかし、やはり、どちらの煉獄の姿も痛ましい。煉獄が最期に見せる、母への笑顔は劇場版と原作版で寸分の違いもない。責務を果たし、まるで子どもに戻ったかのような「本当の煉獄杏寿郎」の笑顔が画面いっぱいに映し出される。それを目にする私たちは、煉獄喪失の悲しみに再び包まれることだろう。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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