(AERA 2021年10月25日号より)
(AERA 2021年10月25日号より)

 局後、藤井はそう語った。歴代の名棋士たちが異口同音に語ってきた勝負の要諦を、藤井は忠実に守る。やがて豊島の側にミスが生じ、勝敗不明の終盤戦へともつれこんだ。

 藤井は自玉の危険は承知で、強く相手玉に迫っていく。形勢はついに藤井勝勢に。藤井は豊島玉のそばに龍(成飛車)を寄せて包囲網を築き、3枚の桂で一気に受けなしに追い込んだ。

 9日午後7時25分、123手で豊島投了。2日間をかけておこなわれる長丁場の勝負は、藤井の逆転勝ちに終わった。

 藤井の勝利は先手の利を生かし、優位に結びつけてのものではなかった。それでも結果的に、藤井はキープで大きな一番を制したことになる。

■この1年で巻き返し

 18日時点での公式記録では、藤井の今年度成績は33勝6敗(勝率8割4分6厘)。先手番だけに限れば19勝1敗(同9割5分)だ。タイトルを争ってなおこの成績は、異次元というよりない。

 豊島と藤井の対戦成績は、去年の今頃は一方的で、豊島の6勝0敗だった。

「藤井時代というにはまだ早すぎる」

 そうした主張の論拠になってきたのは、藤井に大きく勝ち越していた豊島の存在だった。それから1年。怒濤の勢いで藤井は巻き返し、ついに9勝9敗のタイに並んだ。このまま藤井が豊島を抜き去り、竜王も奪って四冠を占め、逆に豊島を無冠へと追い込めば、名実ともに「藤井時代」の幕開けといえそうだ。

 7大タイトル制だった96年。25歳の羽生は奇跡のような過程を経て、全七冠を同時制覇するに至った。8大タイトル制の現在、一度は「藤井八冠」を見たいと望むファンは多いだろう。

 一方でこのまますんなり「藤井一強」の時代に進むのはどうかと感じる人もいるだろう。

「われわれにとっては屈辱以外の何物でもありません」

 羽生七冠が誕生したとき、競争相手の一人だった森下卓現九段(55)はそう語った。感情を大きく表すことのない豊島も、心中期するものがあるだろう。

 藤井がこのまま大棋士への登竜門を駆け上がっていくのか。それとも豊島が押し返すのか。竜王戦第2局は22、23日にある。(ライター・松本博文)

AERA 2021年10月25日号

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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