続く「分かれ道」は山川が大店(おおだな)の内儀の隠し子の問題の相談を受けた事から事件が始まる。この作品で絶妙なのはお互いを思いやる従姉妹同士の絆が切なくそれが後の惨事の遠因となっているのが哀しい。物語の結末で小四郎は、「生まれながらにして俺の人生に分かれ道はない。攘夷のために命を賭すという、ただの一本道なのだ。それゆえ寸刻たりとも迷ったことはない」と言い放つが、その決然たる思いはあまりにも強く、女たちの哀れさを際立たせている。

 そして本書のおよそ半分にわたる「幾山河」でいよいよ行軍の全貌が描かれる事になる。

 が、そこはミステリーのこと、道中で次々と隊士を襲う通称<化人>が跳梁する。何故か<化人(けじん)>は、放っておいても死んでしまう戦闘で重傷を負った者ばかりを襲い、その腹を裂いていくのだ。

「幾山河」はこの<化人>に関する謎解きと行軍の詳細、さらには連中と心中するわけにはいかぬと自分を慕う天狗党を捨て石にする慶喜の非情さ等が描かれていく。

 そしてラストでは題名にある“虹の涯”に行けなかった者、そして“虹の涯”には何があるのかを見届けなければならなくなった者、その運命の交錯を見事に描いて幕となる。

 この作品の優れている点は、物語で扱われている事件が、歴史的背景と無理なく結び付いている点であり、それが本書を第一級の歴史ミステリーたらしめていると言えるだろう。加えて誠実かつ凜とした文体の小気味良さはどうだ。私は久し振りに正統的な漢文脈で書かれた歴史小説を読んで、五味康祐以来の興奮を味わった。

 嬉しい作品の登場だ。

週刊朝日  2023年2月3日号

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