荻原さんは主人公と同じ40歳の頃にコピーライターから小説家に転身した。もともと広告制作会社に勤めていたから、サラリーマン時代と同じ8時間を基本に仕事をしている。朝は8時に起きてゴミを出し、10時にひと駅先の仕事場に向かう。

 月に原稿用紙で50枚前後の小説を書くが、一気に書き上げるタイプではない。コピーライターらしいこだわりで、ここは「が」ではなく「を」ではないかと文章を細かく検討する。だから締め切りがないと原稿を手放せないそうだ。

「僕は自分の内面を書くというより誰かに面白がってもらいたいと思って書いている。物語を作るのは好きだし向いていると思う。それを文章というツールを使ってやっている感じですかね。自分でも思わぬ小説ができていくのが面白い」

 仕事の息抜きは自宅の庭での野菜作り。家庭菜園についてのエッセイも出している。大根の葉を食べる虫について熱のこもった解説をしてくれた。

 この小説は主人公が生きた可能性のある世界をいくつも見せてくれる。人の行く道は偶然と大小さまざまな選択で決まっていく。そして社会もそれぞれの小さな選択の積み重ねで作られていることに気づく。

「今の世の中はいろんなことに気を使わないといけなくて、どんどん息苦しくなっています。昔に比べたらいいほうに進んでいるけど、行き過ぎていることが多いような気もしています」

 男は元の世界に戻れるのか、最後まで気が抜けない小説だ。(仲宇佐ゆり)

週刊朝日  2023年2月3日号

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