喜寿の誕生日の直後に撮影された映画が1年遅れで公開される。家名を残すために奮闘した武田信玄の父・信虎を演じた寺田農さんの軸には、家名や因習や常識に囚われない自由な人生観があった。
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一昨年の11月7日、喜寿を迎えた。その直後に映画「信虎」の撮影のために、約1カ月間、京都で過ごすことになった。甲府開府500年を記念して公開される予定だった映画は、実業家で歴史美術研究家、茶人でもある宮下玄覇さんがプロデューサーとなり、脚本を書いた。寺田さんが演じるのは主人公の武田信虎。言わずと知れた、武田信玄の父親である。
「映画は、あまりに史実に忠実すぎてもつまらない。僕が思うに、面白いか、泣けるか、笑えるか、感動させられるか、訳がわからないけど面白いか、そのどれかじゃないとダメなんです。だからこの映画も、史実からどう人間ドラマを盛り上げていくかは、金子(修介)監督や宮下さんともいろいろ話しました」
少しイレギュラーな成り立ちの映画だが、寺田さんが一番驚いたのは、今回撮影をしたロケ場所と、そこに用意された本物の美術品の数々だった。
「長い俳優生活で僕が一回も行ったことがない寺ばかり。しかもそこには、本物の美術品や太刀、鎧兜に茶器などが用意されていた。僕は、父が絵描きだったこともあって、美術品を見るのが好きでね。コロナになって映画の公開が1年遅れたけれど、逆に、信玄公生誕500年に重なった。それはラッキーだったんじゃないかと思いますね」
今年、寺田さんは役者生活60周年を迎えた。早稲田大学在学中に文学座に入団。同期は岸田森さん、橋爪功さん、樹木希林さん、北村総一朗さんなど、錚々(そうそう)たるメンバーがそろっていた。映画やテレビにも積極的に進出しながら、70代も終わろうとしている時期に映画で主演を務めた。キャリアは華々しいが、当の本人は、サラリと「照れでもなんでもなく思うのは、私なんて役者としてはアマチュアなんだね」と言う。