でも、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さん演出の舞台「ベイジルタウンの女神」は無事に幕が開き、カーテンコールで、客席の50%を埋めるお客さんたちの拍手を聞いたときは、「やばい、泣きそうだ」と出演者同士が顔を見合わせた。
「世の中全体からすると、舞台は、コロナ禍で急いでやるべきことではないし、生きるために絶対に必要なことかというとそうでもないかもしれない。でも自分を含め、演劇に関わっている多くの人には、間違いなく必要なことだったんです」
稽古が大変だったのは、昨年よりも今年のほうだった。昨年に引き続き、KERAさんの舞台に出演することになっていた仲村さんは、7月の稽古期間中に全国でどんどん感染者が増えていく中、内心「上演はできないかもしれない」と思っていた。
「こんなに大変な稽古を何時間やっても、と稽古場に向かう道すがら、やるせない気持ちになることもありました。今回は昨年よりPCR検査の回数も増えて、より万全な対策をと、マスクも全く飛沫が飛ばないような、口元だけ透明なタイプが用意されました。しゃべればしゃべるほどずれてしまうので、戻しながら稽古するのが大変でしたけど(笑)」
悪戦苦闘を繰り広げながらも、舞台「砂の女」は無事千秋楽を迎えることができた。
「この二つの舞台を経験して、僕自身、これからも1年に一度は、板の上で芝居をしたいな、と改めて思いました。それほど、お客さんの拍手の聞こえ方が劇的に変わったんです。コロナ禍を経験する前までは、お客さんが劇場に来てくれて、拍手してくださることに慣れてしまっていたのかもしれません。カーテンコールで、会場に50%しか人がいないのに、300%の音圧の拍手が聞こえたんです。結局、僕らが一番やりたいことは、自分たちが観る価値があるものを懸命に作って、それを観ていただくこと。一昨年までは、観に来てくれた友達と芝居後に飲みに行くことも楽しみでしたが、それはオマケで、『芝居の楽しみは、お客さんの拍手だ!』と改めて痛感しました」
(菊地陽子 構成/長沢明)
仲村トオル(なかむら・とおる)/1965年生まれ。東京都出身。1985年映画デビュー。「あぶない刑事」シリーズは全作に出演。白井晃、野田秀樹、前川知大らの舞台にも出演。主な映画出演作に、「K−20 怪人二十面相・伝」(2008年)、「劒岳 点の記」(09年)、「行きずりの街」(10年)、「22年目の告白-私が殺人犯です-」(17年)など。TBS日曜劇場「日本沈没-希望のひと-」が放送中。
※週刊朝日 2021年11月19日号より抜粋