母親は嫌がる彼を車に乗せて、学校に連れて行った。学校に着き、車の後部座席から降りる息子を見て母親は驚いた。野球のバットを手に持っていたからだ。ふだんの息子とは別人のような、怒りでゆがんだ顔をしている。
「ムカつく!」「殺す!」と言いながらバットを振り回し、花壇の花に当たり散らし始めた。「どうしたの!」ときいても、黙っているだけでわけがわからない。そのうち教師たちが出てきて、大騒ぎになった。
その日から、成幸さんは学校に行かなくなった。
両親は「何があったのか」「なぜ学校に行きたくないのか」と問い詰めたが、成幸さんは黙り込むだけで、頑として理由を話そうとはしなかったという。
◆「今考えたらかわいそうなことをした」と父親
フリースクールなどに通ったあと、「高校は出ておかないと」という親の勧めで、定時制の高校に通った。卒業後は、母の知り合いの会社で2年間働いたが、辞めて3年間ひきこもった。また別の会社で2~3カ月働いたが、辞めて2年間ひきこもり。そんなことをくり返した。
ひきこもっている間は、昼夜逆転の生活。部屋でひたすらゲームをしていた。
内閣府が平成27年度に実施した満15歳から満39歳までの人を対象とした「生活状況に関する調査」では、人口の1.57%に当たる54.1万人がひきこもり状態にあると推計されている。また、平成30年度の調査と比較するとひきこもりの長期化傾向がみてとれるという。調査結果によると、ひきこもりの状態になってからの期間は7年以上の者の割合が5割近くを占めている。読者も自分の住んでいる地域を見渡せば、成幸さんのような悩みを抱えた人がいるかもしれない。
成幸さんがひきこもり状態になると、生活バランスだけでなく家族との関係性も崩れ始めた。
父親は働き者で、昔気質の厳しい人だ。成幸さんをきつく叱り、ときには口だけでなく手も出した。
「子どもの気持ちがわからなくてね。世間体も気になったし。今考えたら、かわいそうなことをしたと思います」(父親)