最初のころは、成幸さんは父に殴られても、「ごめんなさい」と言うだけだったが、そのうちに反抗的な態度をとるようになった。はずみで父親を突き飛ばし、肋骨を折ってしまったこともある。

 父とやり合った後は、怒りのあまり、家の中で包丁を振り回すこともあった。「やめなさい!」と必死で止める母を振り切って、テーブルに包丁を突き立てた。

「殺す!」

  翌日テーブルの傷を見た父親が「これは何だ」と訊くと、成幸さんは「知らない」とうそぶいた。

「本気でやるつもりはないんです。止めてほしいんだなってわかりました」(母親)

 下の兄弟たちは、次第に怖がって兄に近づかなくなった。

 さらには、成幸さん自身の心身にもひきこもりの影響が表れ始めた。体を動かさないため、どんどん体重が増えた。外に出ないので肌は真っ白。ふさぎこむばかりで、表情も乏しくなった。

「30歳になったら、死のうと思っていました」

 成幸さんは言う。

 実は、成幸さんのようにひきこもり状態で、当事者が一人で悩んでいるというケースは多い。先の内閣府の調査(平成30年度「生活状況に関する調査」)によれば、ふだん悩みを誰に相談するかという問いに対して、ひきこもり状態にある場合「誰にも相談しない」と回答した者の割合が約45%だった。

写真はイメージです(Getty Images)
写真はイメージです(Getty Images)

 はりつめた心が爆発することもあった。あるとき父親に厳しく叱られた成幸さんは、布団を車に詰め込んで出ていこうとした。慌てた母親が「どこに行くの!」というと、「東尋坊!」という答えが返ってきた。自殺の名所だ。

「思っていることをお父さんに言いなさい!」

「言わない! 今までも言わなかったから」

 暴れる息子をどうやって説得して家に入れたのか、母親は覚えていないという。

 一方、父親のほうも、思いつめていた。

 「あいつを殺して自分も死のうか」

 頭の中で、ゴルフクラブを息子の頭に振り下ろす自分をイメージしたこともある。対して、母親の心の中を父親はこう推し量った。

「あれはのんきな性格なんですよ。必ず立ち直ると信じて、黙って見守っていましたね」(父親)。

 実際はどうだったのか。母親にも話を聞くことができた。

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