「いいね!」が返ってきたので次の週、アミナは東京・青山にある孫の投資会社、ミスルトウのオフィスに行った。孫は拠点を置くシンガポールに戻っており、メンバーにこう聞かれた。
「で、君は何ができるの?」
「何もできません。だからインターンをさせてください」
アミナは月給8万円のアルバイトで働き始めた。たまに日本に帰ってくる孫は、アミナに言った。
「今日は僕の時間をあげるから、好きに使ってごらん」
あるとき教育をめぐって、2人の意見が対立した。
「音声認識やAI(人工知能)が今のペースで発達すると、そのうち人間は読み書きを必要としなくなるかもしれない」
孫がそう言うと、アミナは突っかかった。
「孫さんはお金持ちだから、そんなことを言うんです。私が育った途上国では、絶対的な貧困から脱するために、読み書きはどうしても必要です」
懇々とテクノロジーの進化を説く孫に、アミナは泣きながら応戦した。当時のアミナには、この壁打ちのような議論が、起業家を育てる孫一流の教育であることに気づく余裕はなかった。
ミスルトウにはケアテックやヘルステックなど様々なジャンルの先頭を走る起業家が、日替わりでやってきた。スタートアップとはどうやって立ち上がっていくのか。起業家とはどういう人たちなのか。おぼろげにイメージをつかみ始めたアミナは、あるベンチャーの存在を知って起業の意思を固める。
米国で株式上場し225億円を調達したその会社は、自宅で血液から女性ホルモンを採取し「妊娠可能か」「健康な子どもが産めるのは何歳までか」を調べるサービスを提供している。
「こんなの日本にもあったら超便利じゃん!」
「いずれは子どもを」と思いながら働いている日本の女性は、いつもモヤモヤしている。仕事が楽しければ楽しいほど、妊娠・出産で中断したくない。だが出産を先延ばしにしていて、妊娠できなくなったらどうしよう。
それが「いい状態で妊娠できるのはあと5年」とはっきり分かったら。そこから逆算して仕事や出産の計画を立てられる。
「自分でディシジョンメイクできたら、なんてスッキリするんだろう」