
延命治療を中止して死期を早める尊厳死をめぐり、議論が続いている。社会学者・東京大学名誉教授の上野千鶴子さんは、安楽死についてどう考えるのか。
【写真】「私は安楽死で逝きたい」というエッセーが話題になった脚本家は?
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日本尊厳死協会は、まだ自己決定能力があるうちに、どんな死に方をしたいか事前指示書を文書で書き残しておくように勧めています。けれども、いまの自分が将来の自分を支配できるでしょうか。
安楽死が法律で認められているオランダで、ショッキングな事件が起きました。2016年、安楽死の事前指示書に署名していた74歳の女性が、認知症が進行したという理由で医師に致死薬を注射されて死亡しました。
この時、女性は鎮静剤入りコーヒーを飲まされて眠っていましたが、気づいて抵抗するのを家族が押さえつけたといいます。いまの自分が翻意しても、受け入れられなかったのです。医師は十分な意思確認をせずに女性を安楽死させたとして起訴されましたが、最終審で無罪になっています。
要介護などになって、排便排尿を他人の世話になるくらいなら死んだほうがマシ、「尊厳」が失われると言う人たちがいます。しかし、排泄(はいせつ)介助を受けながら生きている高齢者や障害者はたくさんいます。おむつをするくらいで死ぬ理由にはなりません。
いまは介護保険のおかげで、訪問介護に入ってもらえば食事も入浴もできます。認知症になってもほんの少し手伝ってもらえば大丈夫、一人でも生きていける。そのことがわかれば、事前の意思表示など必要ありません。