80年代にはエイズ(後天性免疫不全症候群)が世界的に流行したこともあり、感染防止の観点から性教育が急速に必要とされるようになる。それを受けて86年、文部省は、初めて先生向けに約100ページからなる「性に関する指導」手引書を作成した。
手引書では「性に関する生徒の実態」に触れ、男女ともに性的成熟が早まり、性行動の経験者が増えていると指摘。生徒との意識の食い違いから「自信を失いがちな」先生に対し、「科学的な知識を生徒に与えるとともに(中略)正しい異性観を持ち、望ましい行動をとれるようにする」と、指導上の心構えが書かれている。全国の中学、高校に配られたほか、170円で市販もされた。
盛り上がり始める性教育。その流れは、92年の「性教育元年」につながっていく。
■右派の政治家や団体
学習指導要領改訂により、小学5年生の理科の教科書に初めて性器が図式化され、小学5、6年生の保健の教科書にも「性」に関する記述が載ったのだ。教える内容についてのしばりは特になく、奈良県の中学校で保健体育の教諭を務めた女性(62)は、
「いよいよ本格的な性教育が始まるぞ、と。ブームが押し寄せてきたのを感じた」
と振り返る。当時勤務していた中学校の生徒に向けて、妊娠とはなにか、望まない妊娠を避けるためにどうすればいいか、などをビデオや自作のスライドなどを用いて教えたという。
だが、それは同時に性教育バッシングの始まりでもあった。伝統的な家父長制を重んじる右派の政治家や団体から批判を受けたのだ。編著に『時代と子どものニーズに応える性教育──統一協会の「新純潔教育」総批判』がある立教大学の浅井名誉教授は、
「旧統一教会(世界平和統一家庭連合)も発火点のひとつだった」
と指摘する。
旧統一教会には、伝統的な家族観を重視し、結婚するまでは男女の純潔を守らせる教義がある。その名もまさに「純潔教育」だ。92年ごろに教団が作成した「新純潔宣言」と題した信者向けの冊子の冒頭には、
「私たちは、現在すすめられようとしている『性教育』─性解放思想に基づく性器・性交・避妊教育─には反対します」と太字で書かれている。